役員報酬を株主総会の承認決議なく増額したことは、取締役の解任の「正当な理由」にあたるか
中小企業の経営紛争の現場では、夫婦や兄弟姉妹、あるいは創業者と後継者といった、もともと近しい関係にある株主・役員の間で内紛が生じ、最終的に株主総会で取締役が解任される、という展開を目にすることが少なくありません。
そうした紛争において、解任された側の取締役が、会社法339条2項に基づき、会社に対して残存任期中の役員報酬相当額の損害賠償を請求してくるのは、むしろ通例の流れです。会社側としては、ここで「解任には正当な理由があった」と主張・立証できるかどうかが、まさに勝負どころとなります。
そして、解任の「正当な理由」として会社側がしばしば持ち出す事情の一つに、「当該取締役が、株主総会の承認決議を経ないまま、勝手に自分の役員報酬を増額していた」というものがあります。会社法361条1項が、取締役の報酬等は定款又は株主総会決議で定めなければならないと規定している以上、これに反する行為は法令違反であり、解任の正当事由になるはずだ、というロジックです。
一見すると、いかにも筋の通った主張に見えるのですが、実は裁判例の判断はそう単純ではありません。今回は、この論点を直接扱った近時の裁判例(東京地裁令和2年3月4日判決)を題材に、論点の整理を行ってみたいと思います。
問1:取締役の報酬は、必ず株主総会の決議で決めなければならないのか?
会社法361条1項は、取締役の報酬等(報酬、賞与、その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益)について、その額が定款で定められていないときは、株主総会の決議によって定めなければならないと規定しています。
これは、いわゆる「お手盛り」の防止、すなわち、取締役が自らに有利な報酬を恣意的に決定して会社財産を流出させることを防ぐための、株主による財務コントロールを定めた条文です。したがって、株主総会の決議を経ずに役員報酬を増額する行為は、形式的には会社法361条1項違反ということになります。
問2:では、株主総会決議を経ずに自分の報酬を増額した取締役は、当然に解任されてもやむを得ない、ということになるのか?
ここからが今回のコラムの本題です。結論を先に申し上げると、「当然にそうなるとは言い切れない」というのが、裁判例の立場です。
会社法339条2項にいう「正当な理由」とは、近時の裁判例によれば、「会社において、当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない、客観的、合理的な事情があること」をいうとされています(東京地裁令和4年11月4日判決ほか)。
そして、典型的には、①職務執行上の法令・定款違反行為、②心身の故障、③職務への著しい不適任(経営能力の著しい欠如)が、これに該当するものとして整理されています。
会社側からすれば、株主総会決議を経ない報酬増額は①に該当しそうに思えるのですが、ここで立ち止まって考えるべきポイントがあります。それは、「形式的に株主総会決議を経ていない」ことと、「実質的に株主の意思に反する」こととは別問題である、という視点です。
問3:具体的に、裁判所はどのような判断をしたのか?
ここで、東京地裁令和2年3月4日判決の事案をご紹介します。
事案の概要は、ごく簡略化すれば次のとおりです。被告会社の代表者であるA氏(妻)と、取締役であった原告X氏(夫)との間で離婚紛争が発生しました。会社の株主は、A氏とB氏の二人だけ。そのような中で、X氏は株主総会決議を経ないまま自身の役員報酬を増額していたほか、会社名義で金融機関から金銭の借入れも行っていました。
その後、A氏(代表者・株主)は、X氏のこれらの行為を「正当な理由」として主張し、株主総会決議によりX氏を取締役から解任しました。X氏は、これに対し、会社法339条2項に基づき、会社に損害賠償を請求しました。
裁判所は、解任の正当な理由について、概ね次のように判断しました。
- 報酬増額については、代表者であるA氏の同意は得られていたといえる。
- もう一人の株主であるB氏は、被告会社の経営をA氏とX氏に包括的に一任していたといえる。
- したがって、本件報酬増額は、結果的に全株主の同意を得て行われたものであり、有効と認められる。
- 借入れについても、A氏が金銭消費貸借契約書類に自ら署名している事実等から、代表者の了解の下に行われたものと認められる。
- 以上より、報酬増額や借入れは、本件解任の「正当な理由」とは認められない。
結論として、X氏の損害賠償請求は認められ、残存任期2年分の役員報酬相当額が損害として算定されました。
問4:なぜ、株主総会の承認決議を経ていないのに、報酬増額が「有効」とされたのか?
ここは、会社法を実務的に運用するうえで非常に重要なポイントです。
判例実務上、取締役の報酬等について株主総会決議が存在しない場合であっても、全株主の同意があるときには、会社法361条1項の要請は実質的に満たされると解されています(最判平成15年2月21日金判1180号29頁の枠組み)。
会社法361条1項の趣旨が、株主による報酬コントロール=お手盛り防止にあることを思い出していただければ、お分かりいただけると思います。すなわち、本来チェック機能を果たすべき株主全員が同意している以上、形式的な総会決議が欠けていても、保護されるべき利益は害されていない、ということです。
この理屈が、解任の「正当な理由」の判断にもそのまま反映されたのが、上記東京地裁令和2年3月4日判決ということになります。すなわち、形式的には法令違反のように見えても、実質的に全株主の同意があるのであれば、もはや「会社が、当該取締役に職務執行を委ねられないと判断するのもやむを得ない、客観的・合理的な事情」とまでは評価されない、というロジックです。
問5:中小企業の実務として、何に留意すべきか?
中小企業、とりわけ非公開・少数株主の同族会社では、株主総会の運営が形骸化しているケースが少なくありません。役員報酬についても、株主総会議事録こそ毎期作成しているものの、実態は「社長(=支配株主)の鶴の一声で決まっている」ということは、決して珍しくないでしょう。
そうした会社で、いざ内紛が生じ、ある取締役の解任が問題となった段階で、「あの時の報酬増額には総会決議がなかったではないか」と振り返って主張しようとしても、上記東京地裁令和2年3月4日判決のロジックに照らせば、「いや、当時の支配株主であるあなた(=現在の代表者)も実質的に同意していたではないか」と切り返されてしまう可能性が高いということです。
したがって、中小企業の実務担当者・経営者としては、平時から次の点を意識しておくことが望ましいといえます。
- 役員報酬の決定・改定については、形式的にも実質的にも、株主総会決議の手続きをきちんと踏み、議事録を整備しておくこと。
- 株主が複数いる場合には、報酬決定の過程に全株主が関与している記録を残すこと(同意書、議事録、メール等)。
- 「経営は包括的に任せている」といった曖昧な口頭の合意は、後日、紛争となった際に裁判所から「全株主の同意あり」と認定される根拠となり得るため、安易な包括一任を避けること。
おわりに
会社法339条2項の「正当な理由」をめぐる紛争は、解任された取締役の側からすれば残存任期分の報酬相当額という大きな金額が動く問題であり、会社側からすれば、思いがけず多額の損害賠償義務を負わされかねないリスクを伴うものです。
「株主総会の承認決議を経ずに役員報酬を増額した」という事情は、いかにも分かりやすい解任理由のように見えながら、実際には、株主構成・経営実態・他の事情との複合性といった要素によって、その評価が大きく揺らぐ論点です。中小企業の経営紛争・内部紛争においては、こうした論点の機微を正確に踏まえたうえで、平時の体制整備と、いざというときの主張・立証の組み立てを行っていくことが肝要であるといえるでしょう。
以上


