取締役の職務執行停止 〜保全の必要性とその疎明〜
株主間の支配権争いは保全の必要性の判断対象となるか
取締役の職務執行停止の仮処分の多くは、相手方を経営陣から排除したいという意図のもとで申し立て立てられています。しかし、裁判例は会社の損害を対象としていますので、仮処分債権者である株主の損害はあまり問題とならず、そのような損害を主張する訴訟においては、そのほとんどが申立ての取り下げまたは却下といった憂き目にあっているといえます。ただ、支配権争いを目的として、取締役の職務執行停止の仮処分が申し立てられるという実情を考慮して、会社の損害に加えて、債権者の損害についても判断の対象にすべきという見解も学説においては有力に主張されているうえ、仮処分債権者の利益といえども、審理のうえで考慮の一要素とは成り得ますので、株主の損害が全く考慮されないということもできません。(なお、旧商法の時代においては、取締役の資格不存在確認を求める訴えを本案訴訟とする場合は、商法270条所定の会社法上の訴えではないから、仮処分債権者の個人的利益を基準にして判定すべきであると判示した裁判例がありました(東京高裁決定昭和45年7月13日)。しかし、現在においては商法270条は削除され、取締役の職務執行停止の仮処分は民事保全法23条2項に集約されていますので、現在も裁判例のように評価されとはいいにくいでしょう。)
ちなみに、株主の議決権割合の減少のおそれを問題とするような場合においては、別途その減少の原因となる新株(予約権)の発行等の行為について、争うことができますので、保全の必要性が認められるための要素とはなりにくいといえるでしょう。
保全の必要性が認められない事由
上記のように、保全の必要性が認められるための事情を主張・疎明したとしても、他に会社に経済的損害が生じないであろうと認められるような事情がある場合には、保全の必要性は認められにくくなります。
例えば、本案で取締役の選任手続きの瑕疵を争う場合には、議決権を行使できる株主の割合などから、改めて適法に取締役の選任手続きを行えば同一の選任決議がなされることが明らかであるときなどが考えられます。
また、仮処分が下されれば会社が倒産してしまうという事情は、会社の損害の最たるものですから、これもまた保全の必要性が認められにくくなる事情であるといえるでしょう。
なお、取締役の再任手続の瑕疵を本案で争う様な場合には、再任された取締役が結局は権利義務取締役となってしまうために保全の必要性が無いという考えもありますが、再任取締役であるというだけで、職務執行停止の仮処分ができないことは不合理であるとして、保全の必要性を考慮する上での一要素として考えるべきだとされています。
また、以上の事情の他にも、相手方から申立理由を否定する事情の主張や資料の提出もありえますのでその点も考慮に入れておくことが必要です。
まとめ
職務執行停止の仮処分が下されるかは、仮処分が下された場合に得られる利益と失われる利益を比較衡量して審理されます。したがって、「保全の必要性」を裁判所に認めてもらうためには、会社の経済的損害を否定する事情を考慮しながら、経済的損害が生じることについての具体的な事情を主張・疎明を繰り広げる必要があるといえるでしょう。主張と疎明は原則的に書面でなされますので、反論を想定しながら、なるべく多くの資料を集めたうえで、具体的な主張で申立書を作成することが肝要です。
参考文献
東京地方裁判所商事研究会(2011)『類型別会社訴訟II(第三版)』p.879−p.881
新谷勝(2012)『会社訴訟・仮処分の理論と実務(第二版)』p.255,P.256
山口和男(1991)『商事非訟・保全事件の実務』p.337
関口正人(2001)『会社訴訟・商事仮処分・商事非訟』p.242,243