弁護士×中小企業診断士の視点⑤:当事者に「事業承継」を進めてもらうために
1.はじめに
これまで述べた通り、事業承継への取り組みには、「周囲からの働きかけが非常に重要」な傍ら、「当事者の非当事者意識」や「緊急性の欠如」(≒他の経営課題を解決する優先度が高い)が、事業承継が思うように進んでいない要因となっている可能性があることを指摘した。
本稿では、上記を踏まえ、当事者の方々に「事業承継」を積極的に進めてもらうための施策について、具体的に検討していくこととしたい。
2.「中小企業向けM&Aの有効性」と「リスク告知」の広報
(1)「当事者の非当事者意識」が事業承継の準備を阻害しているのであれば、これを取り除いていく必要、すなわち、「当事者(=社長や創業者)」に「当事者意識(=自分たちの問題、という認識)」を持ってもらう必要がある。
ここでは、社長や創業者に、当事者意識を持ってもらうための方策として、「中小企業向けM&Aの有効性」と「リスク告知」の広報をまず挙げたい。
(2)M&Aを利用することで、特に中小企業においても社長や創業者の資産形成の一助となる可能性があることは、まだまだ現場の中小企業の社長や創業者への認識は進んでいないのではあるまいか。
株式会社日本M&Aセンター ホームページ「財務ハイライト」より
上記は、国内中小企業向けM&Aの大手仲介業者である㈱日本M&Aセンターの近年の売上高である。売上高総額は年々増加しているところ、本稿ではいちいち触れないが、1件あたりの成約金額は低下傾向にあるとのことである。
経営者自身の高齢化や後継者不在に伴い、やむにやまれず事業承継の一手段としてM&Aを選択している可能性も否定できないが、仲介業者などによる中小企業向けM&AのPRや、M&Aに伴って社長や創業者に一定のまとまった金銭が入るメリットが、事業承継問題を抱える当事者にダイレクトに訴求した可能性は十分にあると思われる。
事業引継ぎ支援センターを介しても、M&Aの成約率は決して高くは無いようであるし、買い手と売り手のマッチングも決して容易ではないので、「M&Aに取り組めば、必ずまとまったお金が入る」などといった間違った広報は決して行ってはならない。
もっとも、M&Aを利用する、ないしそれにチャレンジすることで、特に中小企業においても社長や創業者の資産形成の一助となる可能性があることを適切に知っていただくことは、少なくとも、「当事者(=社長や創業者)」に「当事者意識(=自分たちの問題、という認識)」を持ってもらうきっかけにはなり得ると思われる。
(3)また、「当事者(=社長や創業者)」に「当事者意識(=自分たちの問題、という認識)」を持ってもらうための施策として、「リスク告知」も有用ではなかろうか。
要は、「事業承継の準備をしていないと、貴方が大切にしているお子様や従業員らに●●の問題が生じかねないですよ。」というものである。
弁護士の場合、職務の性質上、他の支援機関や税理士や中小企業診断士などといった他の士業と比べて、事業承継の準備をしないままトラブルが表面化してしまうとどのような事態になってしまうのかをよく知っている。
自分が死んだ後のことはどうでも良い、と割り切ってしまっている社長や創業者には効く方法ではないが、多かれ少なかれ自分が死んだ後に周囲の人々がどうなるかは関心を持っているのが普通である。
事業承継の準備を怠ると、会社が倒産したり廃業したり、或いは、法定相続人間で会社の経営権をめぐって文字通り骨肉の争いに発展してしまう、などという悲しい現実を、単に知らないために事業承継に積極的に取り組んでいない可能性も十分にあろう。
弁護士としては、紛争を煽るような提言は全く好まないが、すでに述べたように、事業承継の問題は、「周囲からの働きかけが非常に重要」な傍ら、「当事者の非当事者意識」などが原因となっている可能性がある以上、積極的に「リスク告知」をしていくことは止むを得ない面もあると思われる。
3 他の経営課題の解消
(1)次に、当事者に事業承継に積極的に取り組んでもらうための施策として、「他の経営課題の解消」を挙げたい。
既に述べた通り、年齢が上がるに連れて、事業承継の問題に取り組まなければならない必要性は当事者に認識されているので、事業承継問題に取り組むことの出来る環境整備に協力することで、当事者に事業承継の問題に積極的に取り組んでもらえる可能性が上がる。
(2)正面から「事業承継に取り組みましょう。」というだけではなく、中小企業診断士であれば、資金繰りの問題の解消や販売促進・取引先の開拓への協力など、弁護士であれば、名義株の問題の解消や共同経営者等との会社紛争の問題の解消など、他の経営課題の解消に尽力することが、ひいては当事者に事業承継に取り組んでもらうための施策である、ということができる。
個人的な話でいうと、まずは私自身が取り組んでいる会社紛争や経営紛争の分野について、より一層尽力することが、ひいては「事業承継の問題に取り組む」ということになろう。
以 上