中小企業投資育成株式会社と事業承継・内部紛争~内部紛争編①~
1 先日,大阪中小企業診断士会の会合の席上にて、公的金融機関系の「大阪中小企業投資育成株式会社」(https://www.sbic-wj.co.jp/)より事業説明会が行われました。
同社の説明によれば、
- 経営権の中長期的な安定に資する
- 株式による資金調達が可能
- 円滑な事業承継のバックアップとなる
- 企業イメージが向上する
- 将来的な株式上場の土台作りとなる
- 上場や会計監査を義務付けられないので利用のハードルが低い
- 赤字等の際は配当を求められないので利用のハードルが低い
- 現経営陣の判断や自主性を尊重するので,経営の混乱を招くことはない
ことなどがメリット等として上げられるとのことです。
事業承継や内部紛争の相談を受けている中でも、中小企業投資育成株式会社が登場することはたまにあります。
そこで本稿では、事業承継・内部紛争の専門家である弁護士×中小企業診断士の立場から、中小企業投資育成株式会社と事業承継や内部紛争の際の意義について、考察していきたいと思います。
今回は、主に内部紛争の視点から、中小企業投資育成株式会社の意義を考察していきます。
2 「公正中立(経営陣に過度な干渉しない)=同族対立の時には中立客観的仲裁者」という、謳い文句をどう解釈するか?
同社の判断が内部紛争に影響を及ぼさないときであれば同社の意向を気にする必要はありませんが、そうでない場合は、内部紛争の当事者にとっても中小企業投資育成株式会社にとっても同社がどのような判断をするかはとても重要になります。
そして、大阪中小企業投資育成株式会社の営業担当者からいただいた資料によれば、会社の内部紛争(同族対立)が発生した際には、同社は、「公正中立」、「中立客観的仲裁者」となる、という立場を取る、と記載されています。
「公正中立(経営陣に過度な干渉しない)=同族対立の時には中立客観的仲裁者」、というと聞こえは良いですが、現実に内部紛争が発生している場合、どちらも「自らの言い分が正義である。」と考えている場合がほとんどです。当事者の一方が主観的に「自分の方が正義だ」と言っているだけでは、中小企業投資育成株式会社が内部紛争の場合にどのような判断をするかの指標にはならないことは当然ですが、どちらの言い分が正義なのか、客観的にも容易には判別できないのが実情といえるでしょう。
大阪中小企業投資育成株式会社が、「業績順調時には安定的な配当をお願いしております。」と要望していること等から、「自分が社長(代表取締役)になれば、配当を●%上乗せする。」「自分が社長(代表取締役)になることで、会社の営業利益が●%向上する。」と事業計画書を持参して言えば賛成票を投じる動機になり得る、すなわち、株主としての経済的利得が「中立客観的仲裁者」たる中小企業投資育成株式会社の判断指標である、と考えるのは早計です。
そのような事情は、マネーゲームに陥りやすい上に、上記の通り、どちらの言い分が正義なのか、客観的には容易には判別できないのが実情であることや同社が公的機関系の金融機関であることを加味すると、目先の経済的損得だけで判断を左右することは「公正中立」には馴染まないと考えられるからです。
会社の経営がうまく行かず赤字続きで、配当金も長い期間出されていない一方で、経営陣の交替により経営が好転することが高度に見込まれる場合などは、或いは経済的利得が同社から賛成票を得るポイントになる場合もあるかもしれません。
もっとも、「経営陣の交替により経営が好転することが高度に見込まれる」かどうかの判別は決して容易ではありませんので、大阪中小企業投資育成株式会社を、経済的利益の多寡のみで説得するのはなおハードルが高いものと考察いたします。
3 「内部紛争が生じた時点での経営者(=代表者)の味方」が基本原則
この点、中小企業投資育成株式会社は、自らの立場を「経営者サイドの安定株主」、と勧誘に際して謳っております。
この謳い文句からすると、同社は、「同族対立の時には中立客観的仲裁者」と言いつつも、「内部紛争が生じた時点での経営者(=代表者)の味方」であることが基本原則であることが窺えると言えるでしょう。
このことは、次の通り、会社法上の規定からも間接的に推察することができます。
内部紛争が生じた場合、内部紛争が生じている期間の会社を誰が経営するのかを決める重要な会社法上の規定として、「権利義務取締役」(会社法346条1項、351条1項)というものがあります。これは、代表取締役を含む役員は、法律や定款で定められた役員の員数が欠けた場合等には、任期の満了や辞任により退任した役員は新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する、という規定です。
もう少しかみ砕いて説明すると、例えば、現在の役員の任期が切れて新たな役員を選任する際に内部紛争が発生して、誰を新役員に選任するのかどの勢力も過半数を握ることができない場合、代表取締役を含む現在の役員が、内部紛争が生じている期間の会社の運営をなお行っていくことになる、ということを意味します(本稿とは視点が異なりますが、現経営陣による会社資金の横領等の違法行為がある場合の不都合は、一時取締役の選任申立等で対処することになります)。
すなわち、現経営陣ではない株主は、自分(達)の株式数(割合)だけでは株主総会決議の賛同の過半数に達しない場合、中小企業投資育成株式会社に、傍観者として株主総会を見守ってもらうだけではなく、賛成票を投じてもらうなどして積極的に後押しをしてもらわなければ、新たに経営陣に就くことが出来ないことを意味します。
経営陣の刷新、というのは、対内的にも対外的にもリスクのある組織人事であり、現状の経営陣でうまく経営できているのであればわざわざリスクのある行為は取りたくない(取れない)、というのは公的支援機関系の宿命のようなものかもしれません。
4 最終的には個別判断(ケース・バイ・ケース)と思われる
もっとも、「内部紛争が生じた時点での経営者(=代表者)」が株主総会や取締役会での少数派となってしまい、中小企業投資育成株式会社の支援があっても今後の株主総会や取締役会で経営権をはく奪されることが見込まれる場合、多数派の株主や取締役との関係を悪化させてまで現経営者を支持することは考えにくいと思われます。
会社法上、(強行法規に反しない限り)株主総会での決議事項は絶対であり、少数派株主に肩入れすることは、株主間契約をあらかじめ締結でもしていない限り、ほとんど無意味です。そのことは、中小企業投資育成株式会社も百も承知であるはずなので、そのような場合は、「内部紛争が生じた時点での経営者(=代表者)」の支持ではなく、「内部紛争が落ち着いた時点での新経営者(=新代表者)」との円滑な関係の構築、を念頭に活動するものと思われます。
ほかにも、公的支援機関系という性質上、「現経営者が横領等の違法行為、犯罪行為を行っており、現経営者を続投させることが法的、社会的妥当性を欠く場合」であったり、「現経営者が高齢の雇われ社長である傍ら、創業者の子や孫、或いは取引先も経営陣の交替を希望しており、事業承継を進めることが社会的に妥当と言える場合」には、現経営陣の続投よりも新経営陣の支援を中小企業投資育成株式会社が選択する可能性もないとはいえないでしょう。
大阪中小企業投資育成株式会社からの提供資料に、「公正中立(経営陣に過度な干渉しない)=同族対立の時には中立客観的仲裁者」、という、玉虫色の表現がなされている意義は、「内部紛争が生じた時点での経営者(=代表者)の味方」であるという基本原則ないし同社指針を維持しつつも、最終的には「個別判断(ケース・バイ・ケース)」となる同社の立ち位置を表現しているものと思われます。