事業承継コラム

金庫から消えた株券が、ザラスの手に――「やんごとなき一族」のあのシーンを会社法の目で読み解く

こやまゆかり先生の人気漫画「やんごとなき一族」に、こんな場面があります。主人公一族の長男・明人さんが、自分の株券(父親に預けていたもの)を金庫から持ち出し、銀行に質権設定して融資を受ける。ところが返済が滞り、銀行はその株券を第三者(ザラス)に売却してしまう――。ドラマとして読み流せばそれまでですが、会社法・商法の目で眺めると、この場面には現代の同族企業が抱える「株式管理の盲点」が、実に教科書的な形で詰め込まれています。同族企業の株式をめぐるトラブルに数多く携わってきた立場から、この場面の法的な論点を整理してみます。

問1 なぜ「株券」が金庫に入っているのか?

上場会社の株式は平成21年(2009年)1月に電子化されており、紙の株券はすでに存在しません。しかし非上場会社については、今でも株券を物理的に発行している会社が存在します。

ここで知っておきたいのが、会社法施行(平成18年5月1日)を境に変わった「原則」です。会社法(平成17年制定)は、新たに設立される会社の原則を「株券不発行」に改めました(会社法214条)。しかし、施行日前にすでに存在していた会社については、会社法整備法76条の経過措置により、定款に反対の定めがない限り、自動的に「株券発行会社」とみなされることになっています。つまり、旧商法時代(昭和25年改正以降)に設立された会社は、定款変更で株券廃止の手続きを踏まない限り、今でも原則として株券発行会社のままなのです。

「やんごとなき一族」に登場するような戦前・戦中から続く老舗の同族企業が、いまだに株券を物理的に発行し、金庫に大切に保管しているというのは、まさにこの経過措置の問題でもあります。そして、株券発行会社の株式に質権を設定するには株券の交付が必要(会社法146条2項)。物理的な紙の株券があるからこそ、これが質権設定の道具となり、今回の事件が成立してしまうわけです。

問2 銀行による質権実行・ザラスへの売却は、なぜ成り立つのか?

明人さん自身が株主である以上、銀行への質権設定は有効です。返済が滞れば銀行は質権を実行してザラスに売却できる。漫画の描写はこの質権実行の一場面として整理できます。

ただ、このスムーズな処分の背景に、一つ重要な法的論点があります。それが「流質契約」です。民法349条は、弁済期前に「返済できなければ質物を質権者のものにする」旨の合意(流質契約)を原則として禁止しています。質権設定者が不当に不利な立場に追い込まれることを防ぐためです。しかし商法515条は、商人間の商行為から生じた債権を担保する質権については、この禁止規定を適用しない、と定めています。

銀行は当然に商人。深山グループとの金融取引は商行為として整理できます。したがって、両者間に「返済できなければ担保株式を銀行の裁量で処分してよい」という合意があれば、それは商法515条により有効となります。民事の一般原則だけを見ていると「すんなり進みすぎでは?」と感じるかもしれませんが、商人間には民法とは異なる特則が働いており、その存在がこの場面の法的な骨格を支えています。

もっとも、法律が「できる」と言うことと、金融機関の実務として「やる」こととの間には、現実の距離感があります。実際の融資現場では担保株式の処分も慎重な手続きを経るのが通常であり、「流質契約的な合意をそのまま実行する」という場面は、教科書的な整理ほど単純ではないとも言われています。

その意味では、本作のこの場面は、「法的には成り立ちうる」フィクションとして精巧に設計されています。株式の保有比率、融資金額、そして売却額――これらの数字が物語の中で絶妙な現実感を持っているのは、法と実務の間のグレーゾーンを踏まえながら、ストーリーとしての説得力を丁寧に積み上げてきた作者の仕事の賜物でしょう。法律家の目で読んでも、この場面には思わず唸らされるものがあります。

問3 譲渡制限が付いていれば、防げたのではないか?

会社法107条1項1号に定める「譲渡制限株式」が付いていた場合を考えてみましょう。

  • 明人さんから銀行への質権設定は「譲渡」でないため、原則として承認は不要(通説)。
  • 銀行がザラスに売却する段階は「譲渡による株式の取得」に該当し、会社(取締役会または株主総会)の承認が必要になる。
  • 一族が取締役会を握っていれば承認を拒否し、会社の指定買取人による買取り(会社法140条)で株式を取り戻せた。

つまり、譲渡制限は質権設定そのものを防ぐ装置ではありません。しかし「質権実行の出口」を一族がコントロールするための装置として、決定的に機能したはずです。逆に言えば、譲渡制限がなければ、株券がいったん一族の管理を離れた瞬間に、その行方を法的にコントロールする手立てが大きく制限されてしまいます。

問4 なぜ今でも、譲渡制限のない会社が存在するのか?

「譲渡制限を付けていない古い会社って、意外に結構あるんですよ。」

取材に来られた際に私が口にした何気ない一言を、こやま先生がしっかりと聞き留め、今回の設定に採用してくださいました。深山一族のような歴史ある名門企業では定款が整備されているケースも多いでしょうが、中小の親族会社まで広げると、私の言葉は本当です。実際の法律相談の場でも、「うちの定款がどうなっているか、実はよくわからない」とおっしゃる経営者の方に出会うことは、決して珍しくありません。

なぜそういう会社が生まれるのか。

実は昭和25年(1950年)から昭和41年(1966年)までの約16年間、株式に譲渡制限を付けることが法律上できませんでした。GHQ占領下の昭和25年改正がアメリカ流の「株式譲渡自由の原則」を導入したためです。昭和41年改正でようやく譲渡制限の制度が復活しましたが、既存の会社が定款変更の株主総会特別決議を経て「自ら導入する」必要がありました。

戦前から続く老舗であれば、まさにこの「付けられない時代」を経験した会社にあたります。その後、「うちは家族経営だし、わざわざ定款を変えなくてもいいだろう」と先送りしたまま現代に至っているケースは、フィクションの設定としても現実の例としても十分にあり得る話です。金庫に株券を厳重に保管しておけば安心、という旧来の感覚が通じなくなっていたわけです。「うちは先代から続く家族会社だから大丈夫」という思い込みが、法的な空白を生んでしまう。これは今日の中小企業にも十分に起こり得ることです。

問5 見落としがちなリスクは、「身内」にある

本件で見落とせないのは、株券を持ち出したのが見知らぬ第三者ではなく、株主本人である明人さんだという点です。銀行から見れば「真の権利者が自分の株券を質入れに来た」だけ。善意取得の問題も生じません。一族の防衛ラインは、ここでは機能しませんでした。

関係が悪化した家族株主が持ち分を外部に処分するケース、担保に供して株式が流出するケース、相続で想定外の第三者が入り込むケース――。いずれも、譲渡制限があれば「指定買取人による買取り」というカードが使えます。

同族紛争の相談に接していると、外部からの脅威よりも、こうした内部の権利者自身の行動が発端になっているケースの方が、実は多い印象があります。外部からの敵対的買収とは異なり、家族株主自身の行動に対しては善意取得の問題も生じず、一族の法的な防衛手段が大きく制約されます。平時のうちから、誰が何株持ち、どんな制約を設けるかを法的に整理しておくことの重要性を、この事件は教えてくれます。

問6 現代の同族企業として、何を学ぶか

  • 株券発行会社のままになっていないか確認する。会社法の原則は株券不発行です。古い定款を見直し、必要なら株券廃止の手続きを。
  • 定款に譲渡制限を設けておく。非公開会社にとって、これは株式管理の基本インフラです。
  • 株主間契約で補完する。「担保提供には事前同意を要する」等を文書化しておくと、譲渡制限だけではカバーしきれない場面に対応できます。

おわりに

漫画の一場面の背後に、戦後日本の会社法の歴史と、現代の同族企業が抱える実務課題が深く絡み合っていました。「うちの会社、定款はちゃんと整備されているかな?」と少しでも気になった方は、ぜひ一度、定款を見直してみてください。株券の有無、譲渡制限の記載、株主間での取り決め――どれか一つでも不明な点があれば、それが実務的な入口になります。

物語は、新たな展開を迎えています。健太さんの弟・大介さんが、お父様所有の株券と実印を同じく金庫から持ち出し、父から自分への譲渡を偽造したうえ第三者(ザラス)へ転売――というシーンが描かれているのです。明人さんの場面とはまた異なる論点(無権処分・偽造・善意取得の有無)が浮上します。ハラハラドキドキする展開に、次号が待ち遠しくてなりません……。

※ 本記事は、漫画「やんごとなき一族」の法的監修・協力弁護士(中村真二)による会社法・商法解説コラムです。作品の著作権はこやまゆかり先生・講談社に帰属します。個別の法的判断については、必ず弁護士にご相談のうえご対応ください。

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